アレルギーの克服

娘は小さい頃から強烈な食物アレルギーを持っていました。食物アレルギーの存在に気が付いて、今の主治医のところへ行き、血液検査でチェックしたところ、殆どの食べ物に関して数値が降り切れてしまい、結果を表すグラフ用紙の中に入らないくらいの図を示していました。

離乳食もすべて特別なものに取り換え、ご飯さえも我々と同じものが食べられず、特別にタンパク質を除去したご飯を通販で買って食べさせていました。もちろん、お鍋もお皿もすべて別のものになりました。

お鍋の季節などはみんながお鍋を食べているのに一人だけ別のものというのは悲しいので、一人用のちいさな「キティちゃん」のお鍋を買って子供用の鍋を作って食べました。

また、まだお乳を飲んでいるような時期は、母親の食べたものがお乳を通って子どもの体に入るという事を教えられました。そのため、妻も子供の食べられるものと同じようなものしか食べる事が出来なくなりました。今まではどちらかと言えばぽっちゃりタイプでしたが、アッという間に痩せてしまい、手足も骨が見え、座るとお尻の肉が少なくて、「板の間に尾てい骨が当たって痛い」というようになってしまいました。余談ですが、「こんなに痩せたのも初めてだから、生まれて初めてキュロットスカートというものを買ってみよう」と言って、嬉しさ半分寂しさ半分で履いていたのを覚えています。

この子が大きくなった時、友達と一緒に甘い物でも食べながらおしゃべりができないのかなぁというような想像をしてよく悲しい思いの荷ったことを思い出します。

しかし、主治医の先生の元、「うどん2センチ食べてみよう」というようなことを続けてきました。もちろん、「大丈夫」と言われるまでは点滴の用意された病室で何時間も親子3人で時間をつぶしていました。

その成果もあってか、なんとか小学校では、制限はあるものの給食を食べる事ができ、今では、大学からの留学制度を使ってオクラホマで暮らしていけるようになりました。

今でも卵は嫌いですし、食べた後に運動をするとジンマシンが出たりすることもあります。しかし、今はもう自分でコントロールしながら、今できる楽しい事を目いっぱい楽しんでいます。「きちんとした治療の段階があれば、なんとかなる」両親と本人全てがそう思っていると思います。